福岡地方裁判所直方支部 昭和60年(ワ)104号 判決
原告
小坂晋一郎
原告
山本治市郎
原告
福田禎
右原告三名訴訟代理人弁護士
石井将
同
市川俊司
同
服部弘昭
同
谷川宮太郎
被告
日本国有鉄道清算事業団(旧名称・日本国有鉄道)
右代表者理事長
杉浦喬也
右代理人
室伏仁
同
鈴木寛
同
荒上征彦
同
利光寛
同
川田守
同
滝口富夫
同
増元明良
同
内田勝義
被告
緒方義幸
被告
堀豊志
右被告三名訴訟代理人弁護士
秋山昭八
同
平井二郎
主文
一 被告日本国有鉄道清算事業団は、原告小坂晋一郎に対し金八七八八円、同山本治市郎に対し金六五四八円、同福田禎に対し金八〇七六円及び右各金員に対する昭和六一年一月一九日から各支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告日本国有鉄道清算事業団に対するその余の各請求をいずれも棄却する。
三 原告らの被告緒方義幸、同堀豊志に対する各請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用中、原告らと被告日本国有鉄道清算事業団との間に生じたものは原告ら二分の一、同被告二分の一の各負担とし、原告らと被告緒方義幸、同堀豊志との間に生じたものは原告らの負担とする。
五 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
(当事者の求めた裁判)
一 請求の趣旨
1 被告日本国有鉄道清算事業団は、原告小坂晋一郎に対し金八七八八円、同山本治市郎に対し金六五四八円、同福田禎に対し金八〇七六円及び右各金員に対する昭和六一年一月一九日から各支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
2 被告日本国有鉄道清算事業団(旧名称・日本国有鉄道)が原告らに対し、昭和六一年三月三一日付でした各懲戒処分は、いずれも無効であることを確認する。
3 被告緒方義幸、同堀豊志は各自原告らに対し各金三〇万円及び右各金員に対する被告緒方義幸は昭和六一年一月二〇日から、同堀豊志は同月二一日から各支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第1項及び第3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(当事者の主張)
一 請求原因
1(一) 被告日本国有鉄道清算事業団は、従前日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)第一条によって設立され、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)と称していたが、昭和六二年四月一日付をもって、日本国有鉄道改革法第一五条、同法附則第二項、日本国有鉄道清算事業団法第九条第一項、同法附則第二条により、その名称を日本国有鉄道清算事業団と変更した(以下「被告事業団」という。)。
(二) 昭和六〇年八月当時、被告緒方義幸(以下「被告緒方」という。)、同堀豊志(以下「被告堀」という。)は、いずれも国鉄職員であり、被告緒方は九州総局九州地方自動車部(以下「九州地方自動車部」という。)部長の地位にあり、被告堀は同自動車部直方自動車営業所(以下「直方自動車営業所」という。)所長の地位にあったものである。
(三) 昭和六〇年八月当時、原告らは、いずれも国鉄職員であって直方自動車営業所において運転係(バス運転士)の職務に従事していたものであり、また、いずれも国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であって国労門司地方本部中央支部自動車分会直方班(以下「国労直方班」という。)に所属していたものである。
2(一) 国鉄職員は、就業規則、職員勤務基準規程により、勤続三か月に達したときに一〇日、勤続一か年に達したときに二〇日の年次有給休暇(以下「年休」という。)をその翌月一日付で付与され、以後、勤続年数が一か年経過することに毎年二〇日の年休を付与されていた。
(二) 原告らは被告堀に対し、昭和六〇年七月二四日までにそれぞれ同年八月五日の勤務につき年休を取得する旨の請求(時季指定)をなしたが、当局から時季変更権の行使はなかった(以下「本件年休」という。)。
3 しかるに国鉄は、本件年休を不参(なお、「不参」とは国鉄内部規定において無届または承認を与えていない日の欠勤を意味するものであり、一日単位の賃金カットの対象となる。)とし、同年九月二〇日支払の賃金から、原告小坂晋一郎(以下「原告小坂」という。)については金八七八八円、同山本治市郎(以下「原告山本」という。)については金六五四八円、同福田禎(以下「原告福田」という。)については金八〇七六円(以上いずれも賃金の一日分)をそれぞれ減額し(以下「本件賃金カット」という。)、また、原告らに対し、昭和六一年三月三一日付で「昭和六〇年八月五日直方自動車営業所において職員としてまことに不都合な行為があった。」ことを理由として、それぞれ国鉄法第三一条第一項第一号により戒告の懲戒処分をした(以下「本件懲戒処分」という。)。
4(一) 国鉄は、「分割・民営化」の名の下に、国民の足と国鉄労働者の雇用を守る立場からこれに反対する国労及び国労組合員に対し、常軌を逸した人権侵害、「国労いじめ」が強行されており、とりわけ九州地方自動車部管内ではその人権侵害の実態が顕著である。直方自動車営業所においても、被告緒方の率先指揮のもとに、同堀が共謀し、勤務時間中は上司の言うことが全て業務命令であるとして、一方的な勤務指定・変更、「教育」の名による数か月の監禁、見せしめ的雑作業への従事命令、或いは数年前にさかのぼっての処分発令、更に日常的に侮辱的発言が繰り返されるなど人権や労働法規を無視した行為が続発していた。
(二) このような状況の下で、同被告らは本件賃金カットを実質的に企画し決定したものであって、同被告らは、同営業所で国労直方班の活動を指導していた原告らを嫌悪し、原告らを処分等することによって国労の運動に打撃を与えることを目的として、原告らの本件年休につき事前に時季変更権を行使することもなく、また、他に格別合理的な根拠もないのに、原告らが同営業所における争議行為に参加したとして本件年休を不参とし、服務上不都合な行為とみなすとともに、賃金カット等を行う方針を決定した。原告らは、それにより本件賃金カットを受けただけでなく、それを理由に本件懲戒処分を受けるまでに至っている。
(三) 同被告らの前記不法行為によって、原告らの蒙った経済的損害、身分上の不利益、精神的苦痛は甚大であり、同被告らは原告らに対し、その損害を賠償すべきものであるところ、その額は原告らそれぞれにつき金三〇万円とみるのが相当である。
5 よって、原告らは被告事業団に対し、本件賃金カット分の各金員の支払とこれに対する本件訴状が同被告に送達された日の翌日(昭和六一年一月一九日)から各支払ずみまでいずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うこと並びに本件懲戒処分の各無効確認を求め、原告らは被告緒方、同堀に対し、前記損害賠償金として各自各金三〇万円と右各金員に対する本件訴状が同被告らに送達された日の翌日(被告緒方は同月二〇日、同堀は同月二一日)から各支払ずみまでいずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1ないし3は認める。
2 請求原因4は争う。
三 抗弁
1 国労は、「国鉄再建監理委員会の最終答申に抗議し、国鉄労働者の闘う決意を内外に示す。」と称し、昭和六〇年八月五日、全国の各職場において一時間の時限スト等を実施することを企画した。そこで、国鉄は組合に対し、スト中止を申入れるとともに、「違法な争議行為を実施した場合にはその指導者及び職員個人の行為に対して厳しくその責任を追求せざるを得ない。」旨警告し、職員に対しその周知徹底を図ってきた。
2 しかるに、直方自動車営業所では右警告を無視し、国労の団体行動の一として(国労直方班として)、同年八月五日には午前八時四〇分から一時間の時限スト(以下「本件スト」という。)が実施され、それとともに午前八時二〇分ころから本件スト参加者(対象者)その他の者が参加して同営業所構内において職場集会が開催され、当局の制止を無視して継続された。
3 昭和六〇年八月当時、原告小坂は国労直方班班長、同山本は同班副班長、同福田は同班書記長の地位にあったものであるが、前記国労の争議行為が企画された後、原告ら三名は同時に同年八月五日の年休を申込んでいたものであるところ、同営業所助役は、原告小坂、同山本に対しては同日の前夜、原告福田に対しては同日の前夜中に連絡がとれなかったので同日の朝、それぞれ「違法な争議行為が計画されているが、これに参加した場合は年休として認められず不参扱いとなる。」旨念のため伝達していた。
4 しかしながら、当時、同営業所二階に設置されていた組合掲示板には、「八月五日乗務員休憩室において集会を開催する。勤務者以外は全員参加のこと。班長。」とのビラが提出され、原告らは、本件ストの際における職場集会に参加し、原告福田は同班書記長として、同職場集会参加者に対し、「午前八時三〇分から職場集会を始めます。」と通告し、「全員がストに突入した。」旨宣言したほか、同職場集会の司会、激励電報の紹介等をなし、原告小坂は同班班長として、午前八時三〇分ころ同職場集会において、「今日のストには直方一三名、副丸七名、博多三名が参加している。一六兆円の使いかた如何では再建できる。分割・民営化は必要ない。」等演説し、また、シュプレヒコールの音頭をとる等をなし、同山本も同職場集会において、同班副班長としての行動をとっていた。続いて原告らは、午前九時すぎころから同職場集会参加者全員を指揮して同営業所二階事務室になだれ込み、同営業所助役等の退去通告に応ぜず、午前九時三〇分すぎころまでの間、同営業所助役の自動車乗務員に対する乗務点呼を妨害する等した。このため一部行路の運転係に対する乗務点呼が実施できなかったほか、自動車検修作業が約三〇分遅延した。また、当局は本件スト参加者らに対し、午前九時二〇分ころから、「就労意思のある者は就労の手続をとりなさい。」と指示したが、原告らはそのまま帰って行った。
5 右にみた如く、原告らは当局の警告、伝達を無視し、本件ストと同時間帯に開催した職場集会に積極的に参加し、これを指導し、更に乗務点呼を妨害する等したのであるから、原告らは違法な争議行為に参加したものというべきであり、原告らの本件年休は違法な争議行為に参加する目的のものであったものである。
6 従って、本件年休は正当な年休権の行使とは認められないのであるから、同年八月五日は当然に勤務を要することとなるが、原告らの従前の勤務は既に予備勤務者の中から勤務指定がなされていたから、原告らの勤務は当然に予備勤務(午前八時四〇分から午後三時五六分まで)となる。然るに原告らは、当局が就労手続をとることを指示したのにかかわらず一切就労しなかったので、一日勤務を欠いたものとして原告らに対し本件賃金カットを行ったものである。
7 また、国鉄職員は、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)第一七条によって争議行為が禁止されているところ、原告らの前記各行為は、日本国有鉄道就業規則(以下「就業規則」という。)第一〇一条第一号規定の「国鉄に関する法規、令達に違反した場合」、同第六号規定の「ゆえなく職場を離れ又は職務に就かない場合」及び同第一五号規定の「職務上の規律をみだす行為のあった場合」並びに同第一七号規定の「その他著しく不都合な行為のあった場合」に該当するので、国鉄は、「昭和六〇年八月五日直方自動車営業所において職員としてまことに不都合な行為があった」として、国鉄法第三一条第一項第一号により原告らを本件懲戒処分に付したものである。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1のうち、主張のようなストを国労が実施することを企画したことは認めるが、その余は争う。
2 抗弁2のうち、直方自動車営業所において本件ストが実施され、その際に同営業所構内において職場集会が開催されたことは認めるが、その余は争う。
3 抗弁3は認める。
4 抗弁4のうち、原告らが本件ストの際に開催された職場集会に参加し、その後職場集会参加者と共に同営業所二階事務室に行ったことは認めるが、その余は争う。
5 抗弁5は争う。
6 抗弁6のうち、原告らの従前の勤務は既に予備勤務者の中から勤務指定がなされていたこと、原告らは同年八月五日一日勤務をしなかったこと、原告らが本件賃金カットを受けたことは認めるが、その余は争う。
7 抗弁7のうち、国鉄職員は公労法第一七条により争議行為が禁止されていること、主張のような理由により本件懲戒処分に付されたことは認めるが、原告らの各行為が主張の就業規則の各規定に該当することは争う。
五 原告らの主張
1 本件ストの日である同年八月五日の原告らのバス運転士として本来の勤務の行路(勤務時間)は、原告小坂については一〇一行路(午前五時二九分から午後一時一六分まで)、同山本については一五行路(午後〇時四五分から午後九時三〇分まで)、同福田については一六行路(午後一時一六分から午後一〇時三〇分まで)であった。従って、原告山本、同福田については本件ストの時間帯(午前八時四〇分から午前九時四〇分まで)は、本来の勤務時間外の時間であった。
2 国労が本件ストの対象者としたのは、日勤者だけであって、原告らは本件ストの対象者ではなく、これら本件ストの対象者は年休を申請する形での年休ストではなく、本来の職場離脱の形でのストであった。
3 従来国鉄は、スト当日に年休を取得した当該組合の職員に対しては、時季変更権を行使していたものであるが、その場合、国労はそれに従う方針をとっており、実際に国労組合員はそれに従ってきた。
4 本件ストの際の職場集会は、国労の上部機関(分会)が直接開催し指導したものであって、原告らは、個人的事情により年休の申込をなしたところ本件年休を取得できたことから、国労の上部機関の指示によることなく、各個人の自発的意思に基づき同職場集会に参加したものであり、同職場集会では本件ストの参加者への激励行動をとったにとどまるものである。のみならず、本件ストによって業務に支障は出ていない。
5 原告らは、当局から時季変更権の行使があればこれに従ったものであり、「ストに参加したら年休を取り消して不参とする。」との原告らに対する当局の通告は、本件ストの対象者でない原告らに対しては趣旨不明であって何等の効力も持たないものである。また、当局は原告らに対し、本件スト当日が予備勤務となる手続は、予備勤務終了時刻に至るまで一切なされていなかった。
6 本件ストの参加者は、本件スト参加の一時間の賃金カットと訓告(訓告は懲戒処分ではない。)を受けたにとどまるのに、本件ストの参加者でない原告らは、全一日の賃金カット(本件賃金カット)をされたうえ本件懲戒処分も受けたものである(右処分を受けると、翌年の昇給時に本来なら四号俸アップとなるところが三号俸アップにしかならず、一号俸カットという経済的不利益を伴うものである。)。このように、本件ストの対象者で実際に本件ストに参加した者が訓告どまりで、本件ストの対象者でもない原告らが、本件懲戒処分を受けたことは著しく処分の均衡を失している。
7 国鉄(被告事業団)が、原告らの本件ストについて指導責任をとやかく言いだしたのは本件訴訟が始まってからであって、訴訟対策用に処分理由をあとから拡大したものである。仮に原告らについて指導責任を問題にするのであれば、女性の一般組合員と同じ処分というのは不均衡であり不自然である。即ち、女性の一般組合員ら(訴外篠原美恵子や同山本貴代子)は、原告らと同様に年休(計画年休)を取得して本件ストの際の支援行動に参加したが、原告らと同様に懲戒処分(戒告処分)を受けているからである。
8 以上のとおりであるから、当局が本件年休を取り消して不参としたことは何等の根拠もないものであり、不参を理由とする本件賃金カットも、また、不参を理由とする本件懲戒処分もともに無効である。仮に本件懲戒処分が不参を理由とするものでなく、本件ストの際の職場集会等における原告らの各行為をとらえて処分理由とするものだとしても、本件懲戒処分は不当労働行為であり、その有する懲戒権を濫用したものであるから無効である。
六 原告らの主張に対する答弁
1 原告らの主張1、2は認める。
2 原告らの主張3ないし8は争う。
(証拠関係)(略)
理由
(被告事業団に対する請求)
一 請求原因1ないし3は、当事者間に争いがない。
二1 抗弁及び原告らの主張についてみるに、抗弁1のうち、主張のようなストを国労が実施することを企画したこと、抗弁2のうち、直方自動車営業所において本件ストが実施され、その際に同営業所構内において職場集会が開催されたこと、抗弁3、抗弁4のうち、原告らが本件ストの際に開催された職場集会に参加し、その後職場集会参加者とともに同営業所二階事務室に行ったこと、抗弁6のうち、原告らの従前の勤務は既に予備勤務者の中から勤務指定がなされていたこと、原告らは昭和六〇年八月五日一日勤務をしなかったこと、原告らが本件賃金カットを受けたこと、抗弁7のうち、国鉄職員は公労法第一七条により争議行為が禁止されていること、主張のような理由により本件懲戒処分に付されたこと及び原告らの主張1、2は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 国労は、昭和六〇年六月二五日全国戦術委員長会議において、当面するたたかいの目標(臨調「行革」、国鉄の「分割・民営化」と地方交通線廃止に反対する闘いを成功させる、雇用と労働条件改善をはかり一人の首切りも許さない闘いを強化する等。)の前進をめざすとともに、国鉄再建監理委員会の最終答申に抗議し、国鉄労働者の闘う決意を内外に示すため、同年八月五日、職場で時限ストを実施することを決定した。その後、同年七月一八日、全国委員長、戦術委員長合同会議において、「同年八月五日のストの規模は、非現業、病院、乗務員、船舶を除く全職場で始業時から一時間。」、「列車運行には支障を与えないもの。」とし、「ストを実施しない箇所においては、勤務時間外の集会、動力車乗務員は、午前八時三〇分に一斉に一〇秒間汽笛吹鳴を行う。」等の具体的闘争戦術を決定した。
(二) 国労門司地方本部は、同年七月二三日、同年八月五日のストについて各支部闘争委員長に対して闘争指令を行ったが、「ストの実施箇所は、非現業、病院、車掌区及び乗務員(動力車、自動車=予備者を含む)を除く全職場とする。」と指令し、同本部中央支部は、同日、自動車分会を含む各分会に対し、「スト対象者は、自動車乗務員(予備者、庫内を含む)を除く全組合員とする。」と指令し、右指令は同支部から各分会、各班へ順次伝達され、国労直方班においても日勤者を対象とする始業時(午前八時四〇分)から一時間の時限ストを実施することが予定された。
(三) これに対し、九州地方自動車部部長(被告緒方)は、国労門司地方本部中央支部自動車分会執行委員長に対し、同年七月三一日申入書により、違法な争議行為を実施した場合にはその指導者及び職員個人の行為に対して厳しくその責任を追及せざるを得ないことを警告した。これを受けて、直方自動車営業所においても、同部部長から出された警告文の内容を模造紙に書き写して掲示板に掲出し、同年八月一日の点呼の際には、警告文の趣旨を口頭で告知した。
(四) 本件ストは、年休を申請する形の年休ストではなく、本来の職場離脱の形でのストであり、同営業所勤務者のうち日勤者を対象として実施されたものであるが、本件ストに際しては、同営業所構内裏門付近において本件ストの参加者(対象者)の外、公休・非休の職員、部外者等を含め約五〇名の参加者により午前八時二〇分ころから職場集会が開催されたので、同営業所所長(被告堀)は、同職場集会参加者に対し、ハンドマイクで「当営業所構内での集会は一切認めません。集会を中止して直ちに構内から退去しなさい。」との警告を数回発したが、同職場集会参加者は、右警告を無視して午前九時すぎころまで同職場集会を継続し、次いで、同職場集会参加者は、同営業所裏門から一旦道路に出て再び同営業所二階事務室に上がり、同事務室内の会議室前付近から乗務員点呼場付近に集合したので、同営業所所長(被告堀)は、「本日の勤務者以外の職員並びに部外者は、業務に支障があるので直ちに事務室並びに営業所構内から退去しなさい。」「就労の意思のある職員は、直ちに復帰の手続を取りなさい。」と数回通告した。その後同事務室内は一時騒然となったが、就労の意思のある職員は復帰の手続をとり、それ以外の者は同事務室から退去して、午前九時三〇分ころまでには平常にもどった。
(五) 昭和六〇年八月当時、原告小坂は国労直方班班長、同山本は同班副班長、同福田は同班書記長の地位にあったものであるが、いずれもバス運転士であって本件ストの対象者でなく、本件ストの日の本来の勤務の行路(勤務時間)は、原告小坂については一〇一行路(午前五時二九分から午後一時一六分まで)、同山本については一五行路(午後〇時四五分から午後九時三〇分まで)、同福田については一六行路(午後一時一六分から午後一〇時三〇分まで)であった。
(六) ところで、原告小坂は昭和六〇年二月一日有効期限を昭和六二年一月三一日とする二〇日の年休(法定内二〇日)を、同山本は昭和六〇年一月一日有効期限を昭和六一年一二月三一日とする二〇日の年休(法定内一三日、法定外七日)を、同福田は昭和六〇年五月一日有効期限を昭和六二年四月三〇日とする二〇日の年休(法定内二〇日)を、それぞれ附与されていたものであるところ、原告らは、昭和六〇年七月二四日、年休申込簿に記入(原告山本、同福田については同小坂において代筆)して同年八月五日の勤務につき年休の申込(時季指定)をなしたが、これに対し当局は適法な時季変更権の行使をすることなく、原告らの本来の勤務については予備勤務者の中から勤務指定がなされた。
(七) 本件ストの前日の同年八月四日、本件スト対策本部長から同営業所長に対し、「年休を利用してストに参加した場合は、年休を取り消して不参になるということを通告するように。」との指示があったので、同営業所においては、原告小坂、同山本に対しては同年八月四日の夜、同福田に対しては同年八月五日の朝、「本件ストに参加するようなことがあれば、正当な年休権の行使とは言えないので年休は不参処理する。」旨それぞれ通告した。
(八) しかるところ、原告小坂は本件ストに先だち、同営業所二階に設置されていた組合掲示板に、「八月五日には集会を行うので、勤務者以外の者は参加すること。」とのビラを提出し、原告らは本件ストに際しての職場集会に参加したものであるが、原告福田は同職場集会参加者に対し、「八時三〇分から職場集会を始めます。」と通告し、「全員がストに突入した。」旨宣言したほか、同職場集会の司会、激励電報の紹介等をなし、同小坂は同職場集会において、「一六兆円の使いかた如何では再建できる。分割・民営化は必要ない。」等演説したほかシュプレヒコールの音頭をとる等をなし、同山本は同職場集会中メモをとっていた。その後、原告らは同職場集会参加者とともに同営業所二階事務室に入り、暫時そこにとどまっていたものの、午前九時三〇分ころには部外者その他の者等と一緒に同事務室を退去した。
(九) 同営業所においては、九州地方自動者部横山係長の指示により、原告らの本件ストの際における各行為は違法な争議行為に参加したものというべきであり、本件年休の取得は違法な争議行為に参加することを目的としたものであるから年休権の行使とは認められず、従って、同年八月五日は予備勤務として勤務を要することとなるのに一日勤務しなかったとして不参とし、本件賃金カットを行ない、また、当局は、国鉄職員は公労法第一七条によって争議行為が禁止されているところであるから、原告らが違法な争議行為に参加したことは、就業規則第一〇一条第一号、第六号、第一五号、第一七号に該当するとして国鉄法第三一条第一項第一号により原告らを本件懲戒処分に付したものである。
(一〇) なお、本件スト及びその際に開催された職場集会参加者に対する当局の処分は、減給(一か月一〇分の一)一名、戒告五名、訓告一四名、一日分の賃金カット五名、一時間分の賃金カット一三名であった。
2 そこで先づ本件賃金カットについて検討するに、労働基準法が定める年休制度は、労働者が使用者に対し就労義務を負担する労働日のうち、あらかじめ定められた一定日数の範囲内で、労働者が特定労働日を年休として時季指定権を行使すれば、使用者において適法な時季変更権の行使がない限り、当該特定労働日は年休権が成立し、就労義務は免除されるが出勤したものとみなされて使用者は賃金を支払うべきものとする制度である。しかして、労働者が使用者に対して労働日として就労義務を負担するのは、勤務時間内での就労義務であって、年休権の成立により就労義務が免除されるのも勤務時間内であるといえるから、年休権が成立すれば、労働者は勤務時間内の時間を自己の責任において自由に使用できるものであるが、年休制度が就労義務から解放されながら賃金の支払を受けるものとする制度の性質から、年休権の成立の前後をとわず、労働者において年休権を成立させておきながら、年休権が成立しなかったならば負担したであろう本来の業務を阻害する意図をもち、かつ、現にその業務を阻害するに至る行為に出たときは、最早年休権が成立しているものとしてこれを保護する必要はないものというべきである。右とことなり、労働日のうち勤務時間外の時間については、年休権の成立の有無とは何等関係のない時間であるから、勤務時間外の時間における労働者の行為如何により有効に成立した年休権の効力が左右されるものではないものとみるべきである。これを本件についてみるに、前記認定事実によれば原告らは本件ストの日は本件年休を適法に取得し、本件ストと同時間帯に行なわれた職場集会等に参加して本件スト等の指導等の活動を行ったものであるけれども、原告小坂については、本件ストの時間帯は同原告の本来の勤務時間内であったものの、右行為から、同原告が本来の勤務時間に就労すべき一〇一行路の業務の正常な運営を阻害する意図をもち、かつ、右行為に出たことにより現にその業務を阻害するに至ったものと認めるに足りる証拠はなく、原告山本、同福田については、本件ストの時間帯はいずれも同原告らの本来の勤務時間内ではなかったのであるから、前記説示したところによれば、原告らの右各行為により本件年休の効力は何ら左右されるものでないものというべきである。そうすると、原告らは違法な争議行為に参加したものであり、本件年休は違法な争議行為に参加する目的のものであったから、正当な年休権の行使とは認める余地がないものであるとの被告事業団の主張はこれを採用することができないから、右主張を前提に、本件ストの日の予備勤務に一日就かなかったとしてなした本件賃金カットは何等理由がないものである(もっとも、このことは本件年休等の自由な利用の内容が、年休制度とは別の視点から当不当、適法違法等の評価を受けることまでも否定するものではない。)。
3 次に本件懲戒処分について検討するに、前記認定事実によれば、原告らは昭和六〇年八月当時、国労直方班のいわゆる三役の地位にあったものであるところ、原告らは本件ストの参加者(対象者)ではないものの、国労が同年八月五日の時限スト決定をなした後である同年七月二四日、共に年休の申込みをなして本件ストの日に本件年休を取得し、原告小坂は、国労直方班班長として本件ストに先だち、所属組合員に対し、本件ストの際の職場集会参加を呼びかけ、本件ストの実施により直方自動車営業所における業務の正常な運営が阻害されること、また、本件ストと同時間帯に同営業所構内において開催された本件スト参加者を含む参加者約五〇名にのぼる職場集会や、同職場集会参加者による同営業所事務室内での暫時の滞室により、同営業所における職場規律がみだされることを了知のうえで、意思相通じ、当局の警告を無視して本件スト並びにその際の職場集会等を積極的に指導、支援、激励等をなしたものと認めるのが相当であるから、原告らの各行為は、少くとも就業規則第一五号規定の「職務上の規律をみだす行為のあった場合」、同第一七号規定の「その他著しく不都合な行為のあった場合」に該当するとみるのが相当である。しかして、原告らが主張する不当労働行為意思の存在或いは懲戒権の濫用事由はこれを認めるに足りる十分な証拠はないから、国鉄が、国鉄法第三一条第一項第一号により、原告らを本件懲戒処分に付したのはこれを正当として是認すべきものである。
(被告緒方、同堀に対する請求)
請求原因4についてみるに、(証拠略)を総合すれば、国鉄の改革については、昭和五〇年代後半以降臨時行政調査会の答申、閣議決定、国鉄再建監理委員会の提言等により、国鉄組織の簡素化、職場規律の確立等経営管理の適正化、国鉄事業再建のための分割・民営化等が問題として提起され、それを受けて国鉄は、職場規律の確立等経営管理の適正化等に取り組むこととなったが、各職場においてこれらを具体的に実施するに当り、当局と国労組合或いは国労組合員との間で摩擦等が生じ、被告堀が、昭和六〇年四月八日直方自動車営業所に所長として着任した以降における同営業所においても、勤務の指定・変更、職員に対する教育・指導、職務外の作業(清掃作業)、勤務時間中における服装、態度、行動、組合提示板の撤去等の問題につき摩擦等が生じており、このような状況の下で、原告らは本件スト当日一日勤務しなかったとして不参とし、本件賃金カットを行ったことが認められるけれども、原告らが主張する如く、本件賃金カットを実質的に企画し決定したのが被告緒方、同堀の両名であることを認めるに足りる証拠はなく、仮に被告緒方が九州地方自動車部部長の地位にあったことにより、実質的に決定したものとみなすべきものであり、それによって原告らが精神的苦痛を受けたとしても、その精神的苦痛は、本件賃金カットの違法性が明らかとなり、原告らが本件において勝訴することにより慰謝されるものとみるのが相当である。なお、原告らは、精神的苦痛のほか、経済的損害、身分上の不利益をも損害の額を決定する要素とするが、それらと本件賃金カットとの因果関係についてはこれを認めるに足りる証拠がない。
(結論)
以上の次第により、原告らの被告事業団に対する請求中、本件賃金カット分の各金員の支払を求める部分はいずれも理由があるからこれらを認容するが(なお、本件訴状が同被告に送達された日が昭和六一年一月一八日であることは本件記録によって明らかである。)、本件懲戒処分の各無効確認を求める部分はいずれも理由がないからこれらを棄却し、原告らが被告緒方、同堀に対する各損害賠償金の支払を求める請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森弘)